春にして君と別れ

ちょっと前に話題になりました、アガサ・クリスティの「春にして君と別れ」を読みました。

実はこの本を読むのは2回目です。

学生時代にアガサ・クリスティにはまっていた時期がありまして、そのときに一度読んだのですが、主人公に母を重ねて読んでいて辛くなったことを思い出します。

主人公のジョーンは中流階級(旦那さんが田舎の弁護士)の奥さんで成人した子供が3人の中年の女性。

今までの人生を振り返ると困難もあったが自分の努力と機転でなんとか切り抜けてきたと自負していますが、末娘の嫁ぎ先から帰宅途中に足止めをくらい、今までの人生を内省することになる、といった感じのお話です。

アガサ・クリスティの作品ですが、殺人は起きません。

舞台もほとんど砂漠の中のホテルと周辺で起こるので(もちろんそれだけじゃありませんが)、なんというか、地味っちゃあ地味です。

でも怖いんですよ。

今までうまくやってきたと思ってたことが実は他の人にとっては全て裏目に出ていたかもしれないとしたら?

自分は他人のために頑張ってきたと思っていたのに、みんな自分の行いを感謝して歓迎してくれていると思っていたのに、実は周囲は自分を迷惑がっていたとしたら?

自分を客観視できないこと、自分以外の人が自分とは違う価値観を持っていること、他人のための行為が実は他人をコントロールするための行為かもしれないことを自覚できないってことがいかに恐ろしいか。

多分、ジョーンみたいな人はある程度の確率でいると思うんですけど、ジョーンほど極端にその傾向がある人は(私の母がこのタイプですが)、多分、周囲がものすごく辛くなると思うんですよね。

聞く耳持たないですからね。

抗議しても「あんたのためにやったのに、感謝の一つもできないのか」と逆に責められたり、「じゃああんたは私が全部悪いっていうのね」と逆ギレされたり。

ロドニーの最期のセリフはまさに私が母に感じていたことを代弁してくれたようなものでした。

というのが1回目の感想。

2回目に読むと、とはいえ、私はロドニーでもあり、エイブリルでもあり、バーバラでもあり、ジョーンでもあるんだな、と。

結局、何か行動をするときは周囲のあれこれを全く無視しで行動しなければいけない瞬間がある。

周囲の人の期待に応えられなくても、周囲の反対があっても、心のままに行動しなきゃいけない瞬間がある。

自分の中にも独り善がりで、自己中心的で、鈍感なジョーンがいるんだ、と2回目は自分も砂漠の中で自分の中にいるトカゲが這い出してきたようなゾッとした感覚に襲われました。

GW中はずーっとアガサ・クリスティを読んでいましたね。

やはり彼女の文章は人の心理をぐさぐさえぐってきますね。

私はポアロシリーズ、とくに「ナイルに死す」「オリエント急行殺人事件」が好きです。

時点で「アクロイド殺し」でしょうか。でもこれはちょっとズルくない?って最初読んだときは思ってしまいましたが。。。

5 thoughts on “春にして君と別れ

  1. お久しぶりです。以前鑑定していただいた者です。
    自分のハンドルネーム忘れてしまいました(・_・;
    あめ、か dingo、のどちらかだと思います。

    私も一昨日この本を読み終えたところだったので、ちょっとビックリしてコメントしてしまいました。

    本当に怖かったんです、このお話。だけど、自分を内観するやり方、みたいな参考にもなりました。

    私は月が蟹座で、アスペクトもいくつかあるので、つい「自分の身内」と認定した相手にお節介を焼く傾向があるように思います。それが、あなたのためよ、という名の押し付けだったら恐ろしい・・。だけどなっているかも?と読んでて怖くて。

    ジョーンは、土壇場で元の仮面を被りなおしましたが、勿体無かったなぁ、と。だけどあの後、一旦得た気づきで、彼女は変わっていくのでしょうか?
    初めて読んだので、そこまでがまだ想像できてません。

    アガサ・クリスティーは30年ぶりくらいに読みましたが、人間の描き方が深いですね。

    1. >あめさん

      お久しぶりです。dingoさんのお名前で以前お越しいただきましたね。
      コメントありがとうございます。

      最近話題のようで本屋さんのわりと目立つ場所に置かれていますね。

      こう、じわじわ怖くなってくるお話ですよね。
      別にホラーな展開があるわけでも事件に巻き込まれるわけでもないんですけどね。
      トカゲの描写とジョーンが砂漠で方向を失うところが私としては一番ぞわぞわきました。

      結局多分他人が自分とは違う感じ方をする、ということを根本的に受け入れていないとジョーンのような押しつけがましい愛情表現になってしまうんでしょうね。
      ラストのジョーンがロドニーに謝罪しなかったシーンは読んでてもったいないですね。
      ただ、私も深夜に自分の悪行に悶々と反省しつつ、朝になったらあれは夜で思考が悪い方悪い方に向いていただけかもしれない、と結局謝らないこともあるので人のこと言えません。

      でも、一度自分の中の澱が浮上しかけているので、今まで通りの生き方をしつつ違和感は感じることもあるのではないでしょうか。
      また時間が経つと今まで通りになってしまいそうですけどね。

      1. dingoの方でしたか(^^;;

        トカゲの描写、怖かったですね。
        この本の1冊前に読んでいた本も、自分の思考を砂漠を旅する中で変えて行く、みたいなお話だったので、砂漠って内省しやすいのかな、とか、今回白鳥さんの記事がこの本についてだったりしたのも一種のシンクロで、私も変わるべき時なのかな?とか色々考えさせられます。

        ジョーンも、ロドニーのために変わってほしいですね。我慢強い?諦め力の高い??旦那様ですよね。彼はジョーンを心から愛しているから、ああなのかしら・・。
        読書はいいですね。

        占星術と合わせ、記事楽しみにしてますね。

        1. 砂漠は何もないし、何も変化がないように見えて小さい砂の集合体がうねうね動いてるのが好きですね。
          なんとなく無意識と通じるものがあるのかもしれませんね。

          ロドニーの最後のセリフは結構意味深ですよね。

          ひとりぼっちのジョーンを受け止められるのは自分だけという愛情深さなのか、それともお互いに理解しあうのを諦めて形式的、表面的な繋がりだけにとどめる冷淡なものなのか。

          プア・ジョーンって呼び方も蔑んでるのか、それとも愚かしい部分までも可愛く感じているのかどっちにもとれるなーと思いました。

          占星術以外の記事が多くなってきてしまうかもしれませんが、またきてくださいね。

          1. 色々考えだすと止まらない小説ですね。愛情と諦め、どっちもあるのかなぁと思ってきました。

            はい!また遊びに来ます^ ^

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