中野日出美さんの「それは“愛着障害”のせいかもしれません」を読みました。

愛着障害ですとか、毒親関連の本て、結構読んでいて辛くなるばかりだったり、小さい頃の親との関係のせいで人生詰んだ気分になったり、とあんまり救われた感覚になるものって少なくて、自分が愛着障害だってことはわかったけどどうすればいいのと辛くなるものが多かったように思いますが、この本は自分が愛着障害だと知った上での将来を優しい文体で書いていて読みやすかったです。

愛着障害は別に親が深刻な毒親とはいえなくても生じることだと思います。

親が子供に示す愛情と子供が欲している愛情、その形が違うだけで、子供はすれ違いを感じるし、寂しさを感じる。

子供に愛情を注ぐ人の数だけ差出せる愛情の形は違うけれど、過程の形が核家族やシングルファザー、シングルマザーの場合、子供が受け取れる愛の形は少なくなってしまいがち。

私自身私の母を毒親とまでは思いませんが、母親の私への愛情表現は私の求めるものではなかったと思います。

私は割とベタベタとくっついている関係や休日もあちこち出歩くのではなく家でのんびりお茶をしたりゴロゴロしたりとまったりするのが好きなのですが、母親はドライで活動的、用事もないのにデパートやイベントなど人の多いところに出かけるのが大好きな人。

私はかなり涙もろい性格ですが、寄り添って共感してってしてもらったことは一切ありません。

むしろ泣いたら負けだから泣くなとか悔しいなら今以上に頑張って見返してやれとか言われてました。

いや、勝ち負けとか悔しいとかで泣いてるんじゃないよ、ただ泣きたいから泣いてるんだよって感じなのですが。

(正直、ここらへんの私と母親の違いとか、自分の欲しいものがどんなのかって、最近やっと冷静の言語化できるようになったように思います。)

愛着障害を克服するのはかなり大変かもしれません。

自分の心の中のモヤモヤのなかにある嫌なものの正体を探し続けるのは気持ちのいいものではありませんし。

私は夫が新しい安全基地になってくれて、私が望む愛情深い温かな人間関係を築く礎になってくれたんですが、ここまでくるまでの私は相当にいやな人間だったなと客観的に見て思います。

気に入らないことがあればすぐ怒って無口になって夫にご機嫌とりさせて。。。

今では自分が何をして欲しいのか、されて嫌なことはどんなことかを言葉で伝えることができる、伝えてもその言葉を一旦受け取ってくれる(実行してくれるかは別)と信じることができるようになったので、お互いに無用な喧嘩はしなくなりました。

もちろん私の要求が全部通ることはないですけど、断られても、不機嫌になることもほとんどありません。

愛着障害に悩んでいる方がいらっしゃったらこの本の後半にある愛着障害を克服する方法がきっと役に立つはずです。

著者の文体がまるで語りかけてくれるように優しいので、この本を読むだけである種のセラピーを受けているようです。

私は前半は私の母のこと、私と子供たちのことを思い起こして辛かったのですが、後半は読むだけで心の癒しを感じました。