おはようございます。本日も無事朝を迎えられましたこと、嬉しく思います。

占星術の本で勉強していたり、鑑定の依頼を頂戴したときに思うことなのですが、月はあまり意識しすぎると人生を彩る、輝かせるといったことは難しいのではないかと思います。

月は惑星ではなく地球の衛星ですから、どうしても能動的というよりは依存的になりがちです。また、満ち欠けを繰り返す存在なので、いくら月のことをやり続けていても満たされたという感覚になるのはいっときだけのことです。満たされた、と思った瞬間にはかけはじめてしまい、また飢餓感を覚えはじめてしまいます。

そして、月はどんなに満月になって明るくなったとしても、結局太陽の明るさにはかないません。人生を輝かせたい、自分の道を照らしたいと思ったときにはやはりぼんやりとした月ではなく、太陽を輝かせることを考えた方がいいのではないかと感じています。

もちろん、月が満たされていないのは本能的な欲求であったり無意識領域であったりが満たされていないということですので、長期的に飢餓感が続くと暴走して問題行動をとるようになってしまう部分は否めません。食欲や睡眠欲などの欲求が上ったときにはそれを満たす行動をとるように月を満たす行動をとることは大切であることは変わりありません。

しかしながら、常に月を満たすように生き続ける、というのもちょっと違うような気がするのです。昔から言われていたことですが、「食べるために生きるのか、生きるために食べるのか」という言葉に近いものがあります。

月は結局他の人の光を受けて光る存在なのです。じぶんからは光れない。他者から光をもらって(奪って)輝きを放つ存在です。ですから愛を自分から与えることはできず、他者からの光や愛をもっともっとと欲しがるばかりの天体です。

弱ったとき、困ったとき、辛いときはこれでもいいと思うのです。自分では何もできない幼少期などは愛情を一身に受けて自分自身を満たしてもらうことで人生に対する信頼感を養っていくことが将来に向けて必要だからです。

ただ、自分で行動することができるようになったら、月のように光を求め続けるのではなく、太陽のように周りを照らしてあげられる存在になれるといいなあ、と思うのです。
自分の内側にある力、才能を信じて自らを光らせる努力を是非すると人生がより自分の方に引き寄せられてくると思うのです。

本日もお読みくださりありがとうございます。サビアンについてはまた後ほどアップいたします。