とある都内のデパートにて、事情があってマスクをできない、という人に対して受付にて入館証をする事、そして名前と連絡先を記載する事を要求している場面がありました。

これは義務でも強制でもなくお願いと言っている割にやっていることに相手側の有無を言わせない感じで、受付の女性に対して背筋が凍る想いをしました。

別に暴力を振るわれているわけでもなんでもないかもしれませんが、本来個人情報を他人に強制するなんてできないはずなのにマスクの有無だけでできてしまう時代になってしまったんですね。

一定の条件の下においては人は他人に対してここまで無慈悲で残酷になれるんだ、とゾッとしてしまいました。

昨今のSNSを見ているとどうにもマスクを日常的にしている人をコロナ脳、マスクをしない人をノーマスク、非国民と言ってお互いを攻撃しあっている場面を見ますが、私はこの自分とは違う意見を持つ人に対して過剰な攻撃をするのはどちらも支持できないと思っています。

これは水瓶座時代の違う価値観を持つ相手を受け入れる、という価値観に向けての最後の試練なのではないか、と思うほど些細なことで分断してしまっているのがとても悲しいです。

マスクするかしないかといった本当に些細なことで(実際マスクの新型コロナウイルス予防効果については多くの国や医療機関で懐疑的です)お互いを傷つけあっている。
こんなことで水瓶座の個の時代を無事迎えることなんて本当にできるのかしら、とそっちの方が心配になってきてしまいます。

マスクをしていようとしていなかろうと、目の前にいる人は些細なことで傷つく心と体を持った愛するべき隣人であり、人間です。
お互いの考え方が違うのであれば排除しよう、踏みつけてやろうとするのではなく、自分の意見や考え方を伝えて、相手の意見や考え方を聞き入れる、という愛の交換をするのが今後必要なことなのではないでしょうか。

子供達をみているともちろんマスク派ノーマスク派で争っている時もありますが、マスクをしている子もしていない子も仲良く一緒に遊んでいる平和な光景を見ます。

私はマスクで顔に湿疹ができてしまったり酸欠で倒れそうになったりとマスクをしていると色々と健康面でのトラブルがあるので基本マスクをしていないのですが、マスクを友人がしていても「マスクはあまり意味ないよ」という話はしつつ相手を尊重しようと思っています。

愛ある世界が訪れますように。